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私は典型的な日本人気質の心配性である。
一見、何にも気にせず「わが道を行く」タイプだと思われているらしいが、実は、よーくいろんなことを「石橋をたたいて渡る」ごとく深く深く考え「よしっ。」と自分の中でGOサインがでてから「わが道を行く」のであり、ものすごく心配性である。
気が向くと、息子や娘の携帯へ電話をかける。出ないと「どうしているのだろう?駅からの帰り道でひょっとして・・・」とか、息子の方は「喧嘩でもして公園で倒れてでんわにでられないのだろうか?」「何かの事件に巻き込まれて監禁状態にあるから、出られないのだろうか?」といらぬ心配をついしてしまい、よせばいいのに、何度も何度もかけてしまうのである。
「お母さん、ありえん・ありえん・・・」「「便りのないのは何とかというやろう。心配もし過ぎると相手も迷惑になるよ。しかも、何度も電話して・・・」と、今年中学2年生になる娘が、あきれ顔でそう告げる。
5〜6回着信を入れるとやっとかかってくる。
「は〜い。何ですか?」
「あ〜良かった。生きちゅうかね?」
自分でも、心配もここまで来ると・・・と思うが、これも持って生まれた何とやら・・・
気がつくと田舎の母から「みさちゃん、生きちゅうかね?しばらく声を聞かんかったけど・・・」との電話・・・いずれも「母」と言うものはこういうものなのか・・・
ちなみに以前読んだ本にこう書いてありましたのでご紹介します。
___略、心配と言うのは愚かで非日常的な行為だ。心配している時私たちは「悪い事が起こる」と予想し「それについて充分に心配をすれば、そういう事態を避けたり、被害を軽減したりする事ができる。」とかんがえている。
一種の自己暗示である。_____心の持ち方より・・・